6 燃焼熱:化学反応と酸化のおはなし(4)
細胞とヒトのエネルギーをつなぐおはなしです。
私たちが普段目にするエネルギーの単位はカロリー(cal)。
もともとは
「水1gを、1気圧のもとで、1℃上げるのに必要な熱」でした。
でも、何度の水を1℃上げるかで値が変化してしまう困りもの。
だから今ではジュール(J)という単位を軸にして、
「1カロリーは4.184ジュール」と決めてしまいました。
とはいえ、まだ体内の熱量関係についてはカロリーが主な単位ですね。
これが「ヒト」レベルでの代謝の単位です。
かたや細胞の代謝の単位はおなじみATP。
グルコース1個からできるATPは、
酸素が十分にあるなら36ATP(場所や生物によっては38ATP)。
ATPからエネルギーを取り出す方法にはいくつかありますが、
ここでは3つあるリン酸が1つ外れた(ATP→ADP)ときの例で考えます。
1ATP→1ADPのとき、7.3kcal/モルのエネルギーが出ます。
グルコース1個からできるエネルギーは、
36ATPに7.3kcal/モルをかけた262.8kcal/モルになります。
グルコースの1モルは180gでした。
1gのグルコースは、1/180モルです。
だから、1gのグルコースからできるエネルギーは、
262.8kcal/モル×1/180モル=1.46kcalになります。
あれ?
どこかで「糖質は1gが4kcal」って見た気がするけど、結構違う?
計算ミスした?
それはアトウォーター係数ですね。
アトウォーター係数とのずれを確認する前に、
ざっくりと脂質の計算もしてみましょう。
脂質は種類が多すぎてどれにするか決めるのが大変ですが…
ここではグリセロールにパルミチン酸が3つ付いた中性脂肪でいきますよ。
この中性脂肪はC₅₁H₉₈O₆で、分子量807です。
脂肪酸が変われば、組成も分子量も変わってきます。
計算をできるだけ単純にするために、
ATPに変わるのは脂肪酸だけだということにしておきましょう。
パルミチン酸1個から、
β酸化、アセチルCoAサイクル、呼吸鎖を経て129ATPができます。
これが3本ありますから、3倍の378ATPができるはず。
1gの中性脂肪は、ここでは1/807モルですから…
378ATP×7.3kcal/モル×1/807モル=3.424kcalが1gから出るエネルギーです。
あれれ?
グルコース1gからできるエネルギーより多いことは分かるけど、
やっぱりアトウォーター係数の
「脂質1gは9kcal」からはかけ離れているよ?
そうですね。
実はアトウォーター係数はATPが発見される前に
「単なる『燃焼』で出来る熱」を計測したものです。
『燃焼』とは、火をつけて燃やすこと。
私たちの体の中で起こっていることは、『燃焼』ではありませんね。
しかも燃焼が1段階のシンプルな反応であることに比べ、
私たちの体の中は多段階反応です。
反応が多段階になればなるほど、
途中で周りに逃げていくエネルギーが増えていきます。
ちなみに、現在の火力発電所の発電効率は約41%。
多段階反応を使っている以上、
これでも無駄の少ないエネルギー化がされている方です。
この火力発電所効率は、細胞のエネルギー効率とほぼ同じ。
「ミトコンドリアが細胞内火力発電所」と言われる理由の1つは、
ここにもあったのですね。
ATPから計算した数値と、アトウォーター係数はずれがあります。
アトウォーター係数は便利なため使われ続けていますが、
「ずれている」ことと、
「ずれている理由」は忘れないでくださいね。