4 ケース4:輪郭のない世界(2)
あなたがAの親だったら…こんな事件にあったらどうしましょう。
かわいい我が子が、こともあろうにこんなことに!
叶うことなら、わが子の視力を何としても回復させてあげたい。
それができない以上、せめて金銭で…と思うことは極めて自然です。
では、いったい誰に賠償請求したいですか?
「そりゃ医者でしょ!
CかDか、どちらかはアウトなんだよね?」
はい、確かにどちらかはアウトです。
でもそれだけでいいですか?
「え…?どういうこと?
医者って、お金持っているんじゃないの?」
個人差が大きいですね。
収入額の違いがありますし、支出の必要性・額・頻度等も考えると、
過度の期待は禁物かもしれません。
何より、もっと確実にお金を持っている登場人物がいますよね?
「…もしかして、B病院?」
はい、病院のほうがお金を持っている可能性が高そうです。
可能性の高いほうに賠償請求することを忘れてはいけません。
それでは、実際に賠償請求できるか(民事的にアウトか)確認していきましょう。
アウトの条件、再確認。
「何かやばそうだと気が付かなくちゃいけなくて、
そのやばい状況にならないように何とかしなくちゃいけなかったのに、
それなのにやばい状態を生じさせてしまったら、アウト」でした。
まずは、医師Dから確認しましょう。
やばいと気付くかどうか…ここにはちょっぴり補足が必要。
妊娠32週ぐらいから、胎児の肺胞内にサーファクタントというものができ始めます。
これは肺胞が膨らみやすくなるようにするものです。
肺胞はゴム風船のようなもの。
ぺっちゃんこにくっついている最初の状態はなかなか膨らみません。
でも、少し息が入ると後は強く息を入れなくても膨らむようになります。
未熟児はサーファクタントができる前に生まれてきてしまうので、
サーファクタント完成までは呼吸困難が生じやすくなります。
だから保育器の中で酸素療法がとられるのです。
でも…酸素療法で酸素濃度が高くなると、
網膜の血管が出生後急成長する未熟児網膜症が起こりやすくなるのです。
胎児にとって、単なる出生でも酸素濃度が急に2~3倍になります。
そこに早期出産、酸素療法が重なるともっとリスクが高まります。
…ここまで分かれば、
Aは未熟児網膜症のリスクが「結構やばい」状況にあることが分かりますね。
次にやばい状態にならないように何とかしなきゃいけなかったか。
Aは未熟児網膜症のハイリスク状態にあります。
Dは未熟児網膜症を確認したら、
光凝固法が可能な他院に即時に転院させることができましたね。
これは(事例のような)B病院に勤めていた以上、
やばい状態にならないように取れた行動であり、
取らなければならなかった行動です。
「え…?Dが診察して問題なかったんだよね?
問題ないのに『しなくちゃいけない』話になるの?」
本当に、問題ありませんでしたか?
Dは、未熟児については経験不足のようですね。
Dは、自分に未熟児診察の力量がなかったなら、
専門かつ力量のある人に見てもらえばよかったのです。
B病院眼科には、未熟児網膜症に詳しい人がいたはずです。
…この話、ケース2でもやりましたね。
しかも未熟児網膜症は初回健診の重要性がとても大きくなります。
初回に異常がなければ、あとは退院まで健診予定を入れないことが通常。
なおさらDは自分の経験不足を認識して、
Aを診察しないか、
熟練者と一緒に診察しなければいけなかったのです。
「…そこまでしなきゃいけないの?!」
だって、医療契約で生じる義務は、最善の注意を払う義務です。
これまた、ケース2で確認した通り。
患者さんにとって最善の努力をしたといえないのなら、
それは義務に違反したことになります。
何かやばそうだと気が付かなくちゃいけなくて、
そのやばい状況にならないように何とかしなくちゃいけなかったのに、
それなのにやばい状態を生じさせてしまった以上、Dはアウトです。