6 ケース6:最後の親孝行?(3)

2019年5月2日

条件②は、患者は死が避けられず、死期が迫っていること。

これも、実際に考え出すと難しいですよ。

人間の生命の終わりを正確に知ることは、

それこそ神様でもない限り無理なおはなしです。

 

③の肉体的苦痛を除去・緩和に手を尽くしたけど、他に方法がないこと。

…他の条件と比べるとまだ可能に思えてきますが、

患者さんの家族に金銭的負担がのしかかってくる気がします。

そして何よりの難問。

④の患者の明示の意思表示です。

 

え?

患者さんの「もう痛いのは嫌だ、死なせてくれ」でオッケーでしょ?

 

オッケーではありません。

ケース1の魔法の杖には、何が必要でしたか?

自由な「からだ」と「こころ」で、

傷つけられてもいいのか判断するための情報を十分に与えられたうえで、

それでも「傷つけてもいいよ」と明らかに…でしたね。

 

耐え難い疼痛にさいなまれているときに、

自由な「からだ」と「こころ」でしょうか。

そもそも、自由な「からだ」と「こころ」かどうかは、

はっきり判断できるものではありません。

どんなときが自由な「からだ」と「こころ」かどうかは、

人によってとらえ方が大きく異なってきます。

誤解なく自分の意思決定を伝えるには…

そう、事前に書面で意思表示しておけばいいのですね。

 

じゃあ、事前に書面で意思表示がされていなかったら

裁判所に違うとらえ方されて、

条件④を満たさない可能性あるの?

 

そうです。

だからこそ、条件④は難しいのです。

 

さらに患者さんの意思表示はなく、

家族に患者さんの安楽死を望まれたらどうしましょうか。

 

…患者さんの意思がないから、魔法の杖は魔法がかからない。

だったら、傷つけたり、生命を終わりにしたら、アウトだよね。

その通りです。

条件④も、患者さん自身の意思表示が必要になるのが原則。

だけど、裁判所は「例外」を認めています。

「家族が患者の意思を的確に推定できる関係にあって、

 患者の病状・治療方法を正確に認識しているならば、

 患者と家族をよく理解している的確な立場にある医師は、

 家族の意思表示から患者の意思を推測してもいいからね」

この例外、限りなくハードルが高いです。

「家族」と一言で言っていますが、

各個人の医療知識・理解レベルは大きく異なります。

「質問はありますか?」と主治医に聞かれても、

よくわからないけど「ありません」と答える人がたくさんいます。

最初から「そんなこと考えたくない!」と思考放棄する人もいます。

その中で、患者の医療状態・治療について

的確に把握している家族かどうかを判断…

考えただけで「そんなこと本当にできるの?」という気分になってきます。

さらに裁判所は医師サイドにも条件を付けましたね。

裁判所は「ただの担当医」では、条件を満たさないと言い切りましたよ。

…おそらく、なのですが。

常に患者や家族と話し合い、死や病状についての会話の中から、

患者に対する理解の深い人を探し出す…

終末期医療専門病院医師ならば可能なのかもしれません。

現在の一般病院の医療システムでは不可能なおはなしです。

つまり、「例外」も現実的には不可能なのです。

 

このように、患者さんの命を医療者の手で終わりにするには、

ものすごく高いハードルがそびえたっています。

ケース1で学んだ魔法の杖さえも、

そのハードルを1つクリアさせてくれるにすぎません。

 

では、医療者にできることは何もないのでしょうか。

せっかくの機会です。

次回から、頑張って考えてみましょう。