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2 「健康」とは:(3)「ヒトとして生きる」ために(4)

とりあえず社会的欲求までみたせたところで、

WHO憲章の健康の定義を見直してみましょう。

「健康とは、肉体的・精神的及び社会的に完全に良好な状態であり、

単に疾病又は病弱の存在しないことではない」でしたね。

 

マズローの基本欲求3段階目にして

ようやく、肉体的状態と社会的状態に対してフォローできました。

…まだ残っているところがあります。

「精神的」な問題と、

「完全に良好な状態」とは何かという問題、

そして「疾病や病弱があったら、もう駄目」なのかという問題です。

 

特に3つ目の

「疾病や病弱があったら、もう駄目(健康ではない)」としてしまうと、

(日本人の約半数は生涯どこかのがんになると罹患率でおはなししたことから)

「日本人はたいてい不健康」になってしまいます。

 

でも、皆さんは身体だけでなく精神についても看(み)ることを勉強中です。

たとえ身体に病気(とそれに基づく障害等)があっても、

心(精神)は充実している状況を考えることができるはず。

もちろん病気や障害の場所が身体から精神に変わっても、

同じように考えられますね。

 

そこで出てくる言葉が「ノーマライゼーション」です。

ノーマライゼーションは、障害のある人が障害のない人と同等に生活し、

ともにいきいきと活動できる社会を目指す理念のこと。

病気があっても、障害があっても。

社会はいきいきと活動できる場所であるように…というスローガンですね。

 

ただしこの実現のためには各種資源を必要とします。

例えば足に障害のある人が車いすを使っているならば、

車いすで生活できるように段差をなだらかにしたり、

エレベーターを設置したりする工事が必要です。

工事には、材料も、お金も、人も必要になりますね。

国や地方公共団体(県や市など)がこれらの工事をするには、

予算(お金)も制度(法律、条例等)も必要です。

まさに、後半の法制・行政パートのおはなしになっていくのです。

 

話を「健康」に戻して。

問題点の1つ目と2つ目はそれなりに関係し合うところです。

「心の状態がマイナスでなければ、常にプラスか」と言われると…

「YES」ではありませんね。

ヒトの精神(精神状態)はプラスマイナスゼロのこともあります。

「少なくともプラス状態」のとき、

そこにはかなりの確率で「他者に認められている」要素が加わってきます。

 

この辺りで、次回はマズローの次の欲求段階に移ることにしましょう。